現女性初の総理大臣、高市早苗議員ですが、実は結婚歴が2回あります。
最初の結婚相手は山本拓議員(当時)です。そして、一度離婚し再婚相手として旦那になったのも山本拓(元議員)さんなんですね。二人のなれそめも調べてみましたのでご覧ください。

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内閣総理大臣配偶者 山本拓さんとは
まずは、山本拓氏の基本的なプロフィールと、これまでの歩みを見ていきましょう。
| 項目 | 概要 |
| 生年月日 | 1952年7月7日 |
| 出身地 | 福井県鯖江市 |
| 出身校 | 法政大学文学部 卒業 |
| 主な役職 | 元衆議院議員(通算8期)、元農林水産副大臣 |
山本拓氏は、福井県議会議員(2期)を経て、1990年の第39回衆議院議員総選挙に旧福井全県区から出馬し、初当選を果たしました。以降、通算8期にわたり衆議院議員を務めた、経験豊富なベテラン政治家です。
自民党内では、農林部会長や総合エネルギー戦略調査会事務局長などの要職を歴任し、政策通としても知られていました
政治家としての主な実績と政策
山本拓氏が特に力を注いできた分野は、「農林水産」と「エネルギー政策」です。
◆ 農林水産副大臣としての貢献
自民党内でも屈指の「農林族」として知られ、農林水産副大臣などの要職を歴任しました。日本の第一次産業を守るため、コメの需給調整や地域農業の活性化、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉における国内農家への対策などに尽力しました。
◆ 地元・福井県への貢献(北陸新幹線など)
地盤である福井県(特に嶺北地域)の発展に大きく寄与しました。なかでも、北陸新幹線の福井・敦賀延伸に向けた予算確保や、地元インフラの整備、福井の伝統産業(鯖江の眼鏡や越前漆器など)の振興において、国政とのパイプ役として重要な役割を果たしました。
◆ エネルギー政策への独自アプローチ
福井県は原子力発電所が多く立地する地域であることから、エネルギー政策にも深く関わってきました。単なる推進や反対にとどまらず、安全対策の徹底や、処理水問題に関する技術的な提言など、専門的な視点から発信を続けてきました。
山本拓氏の現在と最近の活動
2021年の第49回衆議院議員総選挙、および2022年の参議院議員選挙(福井県選挙区)への挑戦を経て、現在は国政の第一線からは退いています。
しかし、政治活動を完全に辞めたわけではありません。現在は以下のような形で発信や活動を続けています。
- シンクタンクや論壇での提言 長年の政治経験、特に農林水産やエネルギーに関する知見を活かし、雑誌への寄稿やネットメディアを通じた政策提言を行っています。
- 次世代の育成と地域貢献 地元の福井県を拠点に、地域の課題解決や、これからの時代を担う若い世代へのアドバイスなど、地域社会への貢献活動を続けています。
福井と日本のインフラを支えた政治家
山本拓氏は、福井県議から国会議員へと上り詰め、30年以上にわたり日本の農政やエネルギー政策、そして福井県の発展に尽力してきた政治家です。
バッジを外した現在も、その豊富な知識と経験を活かした発信は、日本のこれからの政策を考える上で貴重な視点を与え続けています。
福井県の発展の歴史や、日本の農林水産業の歩みを振り返る上で、欠かせない人物の一人と言えるでしょう。
政治家ならではの出会い
2人は1990年代から顔見知り(一時期は共に自民党を離れて新党に参加した時期もありました)でしたが、当時はお互いに「ちょっと苦手なタイプ」「近寄りがたい」と感じていたそうです。

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きっかけは高市氏の「落選」と山本氏の男気
最初の大きな転機は2003年の衆議院議員選挙でした。この選挙で高市氏は落選してしまいます。
落選した政治家は資金的に苦しくなり、優秀なスタッフ(秘書)を雇い続けることが難しくなります。その際、高市氏の秘書を務めていた彼女の弟やスタッフ、さらには事務所のFAX機まで、丸ごと引き受けて自分の事務所で雇ったのが山本拓氏でした。
高市氏は当時のことを、「落選して苦しい時に声をかけていただき、本当にありがたかった」と深く感謝していました。
まさかの「交際ゼロ日」プロポーズ
その後、高市氏がとある会合で冗談交じりに「バツイチでもバツニでもいいので、どなたか紹介してください」と話しているのを聞きつけた山本氏が、突然高市氏に電話をかけます。
「僕もバツイチですが、結婚相手に立候補しますよ」
この突然の電話がプロポーズとなり、驚いた高市氏でしたが、苦しい時期を支えてくれた山本氏の不器用な優しさに惹かれ、なんと交際期間ほぼゼロ日のまま2004年に電撃結婚を果たしました。
離婚、そして驚きの再婚へ
2017年に離婚 10年以上連れ添いましたが、「お互いの政治的スタンスの違い」を理由に円満離婚。
2021年に再婚! 高市氏が自民党総裁選に出馬した際、元夫である山本氏が陣営の裏方として必死に彼女をサポート。その戦いを通じて絆が戻り、同年に再婚(復縁)しました。
再婚の際、山本氏は自らの姓を「高市」に変え、戸籍上は「高市拓」となっています。これは、高市氏が政治活動で「高市」の姓をそのまま維持できるようにという、山本氏の気遣いからでした。

